はじめに:
デンマークという国は九州と山口県を合わせた面積に、人口数は約597万人(2024年8月末)の国ですが、世界で名前の知られた企業が幾つもあります。例えば、世界最大のコンテイナー船舶を所有するA.P. Møller Mærsk社、ISS(International Service System) 社、United Shipping 社、Novo Nordisk社、Lego社、Carlsberg社、そして今月(2024年9月13日)DSV社*がドイツの国営運輸会社DBSchenker の買収を決め、世界の物流量6~7パーセントを押さえる世界最大の運輸会社になり大企業への仲間入りを果たすことになりました。
* DSV:De Sammensluttede Vognmænd af 13-7, 1976 A/S の略称、デンマークの個人運輸業9社が1976年7月13日に統合し創業した株式会社。その後同社は国内外の運輸事業体を買収し事業の拡大を図り、2023年ドイツの国鉄が所有する運輸会社DBSchenkerが売りに出たため、買収を決めた。
報道によりますと(*)買取額は143億ユーロで2社(DSV 社とDB Schenker社)合わせた2023年の売上額は2,930億クローネ(約6.5兆円)、従業員数147,000人に達する報じられました。 (*) Jyllands-Posten lørdag den 14.sept.2024
先月のHP原稿(20240905 )でデンマークの競争力は、世界の国々の中でトップクラスであると書きました。小国であるにも関わらず、財政が豊かで国民生活は安定しています。そういう中で大企業が生まれる背景は何か、いろいろ考えを巡らし、筆者がたどり着いたことは、デンマークの子供たちは早々と仕事に就き、職場を通し社会構造や人間関係の在り方を学んでいる、ということです。
筆者が日常品を買っているスーパーでも中学生や高校生がレジで働いていますが、デンマークでは日本の中学生の年代から就労出来る仕組みが出来ているということです。そして、その効果が国の経済へ何らの形で貢献している。日本では中高生のアルバイトは禁じられていると語られていますが、何がいけないのか、思考の材料になれば幸いです。
1.学生アルバイトの概要
デンマークの国が採り入れている子供達の就労制度は、デンマーク語ではFritidsjobと呼び、英訳するとSpare time job と訳され、日本語では放課後の仕事あるいはアルバイトと呼ぶことが出来ると思います。
就労制度(仕組み)は次の通りです。
・就労年齢は13歳以下ではないこと(日本の中学1年生以上の年齢であること)
・雇用者は一つであること、(複数の雇用者の雇われではないという)意味です。
・13歳から15歳の就労時間数は平日最大2時間、週末は一日当たり最大7時間とする。
・15歳以上の就労時間数は平日最大2時間、週末は一日当たり最大8時間とする。
・週労時間数最大12時間とし休暇中の就労時間数は最大週35時間とする。
・13歳~15歳の就労時間は朝6時以前ではないこと、および20時以降ではないこと、
・所得税に関して:18歳未満の非課税限度額は38,400クローネ(2023年)で月額平均3,200クローネまで非課税とする。(円換算:月額約7万円)
この制度を利用し就労している13歳から17歳の男女別就労者数推移は図1の通りですが、女子の就労人口数の割合は男性に比べ多くなっています。2021年の女子の就労者数は61,300人、男子は58,100人となっています。男女計119,400人となりますがこの数は同年齢層全体の約35%になっています。つまりデンマークの中高生の3人に一人は何らかの仕事(アルバイト)をしているということです。
図1,2011年から2021年における13歳~17歳に占める就労者の割合(%)推移
図1.棒グラフ 上 女子 中 男女の平均 下 男子 出典:Statistisk Tiårsoversigt 2023 s.8
図2,2011年と2021における13歳~17歳の年齢別に見た就労者数の割合
図2 緑棒グラフ2011年 青棒グラフ2021年 出典:Statistisk Tiårsoversigt 2023 s.9
図2で見る通り、年齢を重ねる毎に就労者数の割合いが増え、2011年から2021年の10年間に13歳を除き、全ての年齢層において就労人口数の割合が増えています。例えば2021年における17歳の就労者数の割合は同年代層全体の60%となっています。
図3.2021年における13歳~17歳の主な就労先(トップ5職場)
図3 職場上から スーパーマーケット及び倉庫、レストラン、郵便及び配達、衣料品店及び日常雑貨小売店、スポーツクラブ 出典:Statistisk Tiårsoversigt 2023 s.10
図3は13歳~17歳の主な職場で、濃い青色は15歳~17歳、薄い青色は13歳と14歳です。15歳~17歳のアルバイト先で最も多いのはスーパーマーケットで約38,000人が働いています。
図4.13~17歳の2011年~2020年までの平均月収の推移
図4,グラフ 単位:クローネ
上から 17歳、16歳、15歳、14歳、13歳 出典:Statistisk Tiårsoversigt 2023 s.10
図4は2011年から2021年における13歳から17歳のアルバイトの平均月額給料の推移です。17歳の例で見ますと2011年月額2500クローネが10年後の2021年には3,000クローネに増えました(円換算約6.6万円)。
1. 学生アルバイトの社会経済面における効果
(下記表1~3はデータからの抜粋)。
デンマークの中高生がアルバイトを通し、早々と実社会に触れ、自己の能力と得意不得意を知り将来への進路の選択に充てている、そのことで、自分に合った好きな仕事に就きそれを基にして生活する。これがデンマークの就労者の全員の目標であります。好きでもない仕事に長々と務めることはせず、やりたい仕事を見出し、その仕事に替えていく、国の教育機関がそれを支援しています。
筆者がデンマークに住み始め57年が過ぎましたが、この間数多くの企業が生まれました。再生可能エネルギー業界(風力や太陽エネルギー利用、地域暖房、バイオマス・バイオガス)住宅の省エネルギー化を目指した住宅産業など、殆どの事業はこの50年間に起業されたものです。それが国家経済の活性化に繋がり、その成果は国民総生産の伸びで見ることが出来ます。
表1,デンマークの国民総生産推移 実質 2010年=100
|
2012 |
2015 |
2020 |
2022 |
2012~2022 伸び率(注) |
デンマーク |
101.6 |
106.6 |
114.8 |
124.8 |
22.83% |
日本(参考) |
101.4 |
105.4 |
103.6 |
106.9 |
5.4% |
(kilde: Statistisk Tiårsoversigt 2023 s. 181) (注):筆者算出
表1はデンマークの実質国民総生産の2012年から2022年における伸びですが、2012年から2022年の間に22.83パーセント増えました。デンマークに比べ日本の国民総生産の伸び率は僅か5.4パーセントです。
表2.デンマークの2012年~2022年貿易収支額推移
(kilde: Statistisk Tiårsoversigt 2023 s. 176) (注):筆者算出
表2はデンマークの2012年から2022年の輸出と輸入の推移ですが、この間のデンマークの貿易収支は黒字です。
表3 デンマークの2012年~2022年税収入推移
単位 10億クローネ |
2012 |
2015 |
2020 |
2022 |
2012~2022 伸び率(%) (注) |
2022 割合 (%)(注) |
総額 |
870.9 |
963.8 |
1,109.4 |
1,192.5 |
36.9 |
100.0 |
内:個人所得税 |
540.7 |
609.7 |
717.5 |
768.0 |
42.0 |
64.4 |
法人税 |
49.5 |
57.7 |
66.6 |
89.2 |
80.2 |
7.5 |
間接税 |
278.8 |
294.1 |
331.8 |
361.4 |
29.6 |
30.3 |
内:消費税 |
181.6 |
191.5 |
231.6 |
265.1 |
46.0 |
22.2 |
(kilde: Statistisk Tiårsoversigt 2023 s. 142) (注):筆者算出
表3は2012年から2022年までの主な税収入です。この間に納税総額が36.9%増え2022年における納税総額は約1.2兆クローネ(約26兆円)でした*。個人所得税が42%増えたこと、企業の収益が増えためこの間における法人税は約80%増えました。そして消費税の伸び率が46%からして、デンマークの個人所得が増え、それによって消費も増えたことを現わしています。デンマーク統計局の報道によりますと、2023年における15歳以上の平均所得額が一人当たり2022年比6.3パーセント増の税込み395,500クローネになったと報じています。日本円で約870万円という金額です。また、デンマークの就労人口数は留まることなく増え、3百万人を越えました(2024年7月末の就労者数3,026,100人、対前年同月日31,100人増、内民間24,700人、公共6,400人)。* 日本との比較:人口数で約21倍多い日本の税収入は約70兆円。
おわりに:
HP 原稿20240905 で、デンマークの教育と生産性について書きました。人はなんのために教育を受けけるのか、教育を受ける前に自己の可能性ややりたい仕事への、目標を見極める必要があると思えます。その為には何からの仕事に就いてみることだと思います。そのことで、やりたい仕事に向けた教育を受け、生産性の高い就労者になり国家経済に貢献する。近年デンマークの職業教育の中で、自転車やオートバイの整備工、農耕機械整備工、溶接工、塗装・大工や左官職教育を受ける女性が増えています。一方では医学部の7割は女性、法学部の6割は女性といったように、時代と共に男女の職場の境が無くなってきているのは、やりたい仕事に就きたいという男女の要望を満たす国の政策があるためだと思います。デンマークが13歳から働ける制度を採り入れ、それによって、人が幸せに生きられる仕事を見つけ、国家の繁栄に繋げるのであれば、採り入れてみる価値はあると思います。
デンマークウアンホイ
2024年9月末
ケンジ ステファン スズキ