デンマーク社会の根底に流れるキリスト教について(20220823)

筆者がデンマークに住み始めてから55年が経ち、この間デンマーク社会を見聞してきました。最近読んだ本(注1)の中に、デンマーク人がビザ無しで渡航できる国の数は174か国で世界の中でベルギー、オランダ、アメリカに次いで4番目に多いと書いていました。デンマーク人の身分証明書としてのパスポートの表紙の裏にバイキング王ハラルド(注2)が建てたと言われているキリストの石碑(デンマークではJellingestenと呼んでいる)の写真が載っています。下記写真で見る通りキリストが両手を広げていますが、世界のどこの国にでも入れるデンマーク人のシンボルになっています。この石碑はデンマークがキリスト教の国であることの証かしです。

Kilde: デンマークの旅券2ページ目

kilde: Jellingesten

 

注1.”Danskernes tro gennem 1000 år ” 「デンマーク人の1000年に渡る信仰」(仮訳)

注2.2.バイキング時代とは793年~1066年のことで、幕開けはノルウェーの海賊がイギリスの東海岸の島の修道院を襲撃・略奪行為を行った793年から始まったと言われています。バイキング(Viking)という呼び名は「バイケンから来た人々」という意味で、現在のノルウェーの首都オスロ近郊にあるバイケン(Viken)というフイヨルド(氷河の浸食でできた湾)の地名に由来していると言われています。バイキング人とは現在のデンマーク、ノルウェーそしてスウエーデンに住んでいた農民、漁民、商人そして手工業者で海洋の略奪に従事する過程で海賊化し、寄港した港を襲い金品や人間を略奪する一方でその地域に定住し本国との交易基地を築きヨーロッパ諸国との交易ルートのネットワークを作った人たちのことを言っています。そしてバイキング時代は1066年イギリスの制覇戦でバイキングが破れ幕を下ろしました。

デンマークでのキリスト教の歴史をさかのぼると、フランスの修道院院長アンスガー大司教(Ansgar801-865)に行きつきます。アンスガー大司教はフランスの皇帝カール大王に務めた役人の息子で北欧の布教活動に努め「北欧の使徒」と呼ばれています。アンスガーの布教活動は、「一つの宗教を信じるキリスト教と自然の神を崇めるバイキングの神オーデン(Odin)、トアー(Tor)(注3) という古代宗教を信じる人達」との間において相容れることのできない宗教観があったため、デンマークでは浸透しなかった。つまり、キリスト教の教えである人間愛や戦いへの戒めは、バイキング人には受け入れることが出来なかった。

注3.オーデン(Odin)トアー (Tor) への信仰とはオーデンは帰属や王家など上流階級が信仰した神で戦いや争いに勝つことを願う神、トアーは農民層を中心に下級階級が多産など願う神だと言われています。

デンマークの王家の歴史は西暦810年頃に就任したグーフレデ(Gudfred)から始まり、第二番目の王はゴーム第旧王(Gorm den Gamle 958 年他界)、第三番目国王ハラルド・ブロータン王(Harald Blåtand 940-985年)と続きます。因みに現デンマーク女王マーガレット二世はバイキング王から数え54代目の王となっています。

ハラルド・ブロータン王は父親ゴームが958年頃に他界しその後、965年に王に就き、デンマークをキリスト教(当時はカトリック教)の国にするために努めました。今日におけるデンマークの宗教は1536年にカトリック教から宗教改革をしたマルテイン・ルター(Martin Luther1483-1546)の福音の教えをデンマーク国王(クリスチャン3世、1534年―1559)が採り入れし国教としました。デンマーク憲法第4条「国教教会」「福音ルーテル教ともってデンマークの国教会とする。国家は、国教会としてそれを維持しなければならない。」と規定しています。(注4)

4.ルーテル教とカトリック教の違は、カトリック教は信者が賛美歌を歌うこと、聖書に触れたり読んだりすることを禁止し、これに違反した者は異教徒して、見つけ次第火あぶりの刑を科したり、罰金の刑を科して弾圧しました。カトリック教を統治する人たちは免罪符(犯した罪はお金で清算できる)など通しキリスト教を権力と富を得る手段とし利用しました。それに対し、マルテイン・ルターが神との関係は各個人に任せ、聖書を読むことや教会で賛美歌を歌うことを認めるべき等『98か条の論題』を掲げ、カトリック教にプロテストしました。そのことで誕生したのが新教と呼ばれるプロテスタントでその一つがルーテル教です。デンマークではルーテル教を国教にした後において、カトリック教徒の教会を没収しカトリック教の牧師の職を奪ったが、カトリック教信者や牧師を異教徒として弾圧することはしなかったのです

 

デンマークの小学校の授業ではキリスト教を学ぶ科目があり、幼児洗礼を受けた者が自己の意思で信者であることを誓うコンファメーション(堅信礼)も強制ではありませんが、あります。

デンマークの国教は「人民の教会」として国民教育の場になっています。例えばデンマークには約2,400の教会がありその教会はほぼ毎週日曜日礼拝があります。その礼拝で読まれる「今日の聖句(言葉)」は数多くある新約聖書の中の4つの福音書(注5)から選ばれています。夫々の福音書は第1話と2話に分かれおり、第1話は奇数年で第2話は偶数年になっています。よって2022年は偶数年ですので、814日に読まれた「今日の聖句|はルカによる福音書の1818節となっていました。つまり2年毎に同じ聖句が「今日の聖句」となって語られるのですが、聖句への解釈や解説は夫々の教会の牧師に任され(礼拝時間約60分の内の約20分は聖句への解説または解釈に充てられている)聖句をどう理解するか教会毎で違います。

注5.新約聖書はイエスの生涯と教えを書いたもので、霊的基準、力ある教理、そして実際的教訓の3つに分けています。「デンマークの今日の聖句」として選ばれているのはこの内の霊的基準の中にある4つの福音書です。その4つの福音書とは、イエスが他界し復活した40年後(イエスは31歳でなくなった)に書かれたと言われているマルコによる福音書で最古の福音書、それに次いでマタイによる福音書が書かれたのは西暦70年後半と言われ、ヨハネによる福音書が書かれたのが西暦65年から85年の間と言われ、そしてルカによる福音書が書かれたのは西暦70年から100年の間と言われています。この4つの福音書がデンマークの国民教会における礼拝での今日の聖句として使われています。

デンマークでは教会を維持するために「教会税」が導入されています。税率はその市町村によって違いがあり、課税対象額に対し全国平均値は0.88%、著者が住む市の教会税率は0.98%となっています。デンマーク人民教会に加入している人口数の割合は202211日付けおいて73.2%です。国全体の教会運営費用は約77億クローネ(約1500億円)と言われており、教会税の用途の多くは教会の建物の維持管理費、教会職員への給与などに充てられ、牧師の給料は教会省から出ています。デンマーク人民教会加入者が受けられるサービスは結婚、幼児の洗礼、堅信礼、葬儀などでこれらの費用は教会税で賄われ個人の負担はありません。牧師の採用、解雇の責任は教会の理事会にあり(1903年に導入)、教会の理事会メンバーの任期は4か年となっています。

デンマーク人の子供のころから聖書を読み礼拝を受けた人たちが創った「ゆりかごから墓場まで」がデンマーク社会ですが、聖書に記載されている教え「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい」(マタイによる福音書1921節)、あるいは「自分を愛するように隣人を愛せよ」(ヤコブへの手紙、28節)の例に見る通り、聖書を読むことで生き方の方向を考える機会を得ることが出来るのです。デンマーク社会は恵まれた人でもそうではない人でも、それぞれの与えられた状況の下において、社会に貢献することを義務付け、また必要とする支援を得る権利を持っています。デンマークでは男女とも高い就労率を上げているのは就労することで社会への貢献と自活する義務を果たし、何らかの理由で自活できない人に対しては生活できるだけの支援をしています。デンマークの総人口の約10%が諸外国からの移民や難民ですが、これらの人たちに対してもデンマーク国籍者と同じ経済面・教育面等支援していますが、これも聖書を通して学んだ生き方から生まれた選択と思えます。

デンマーク社会を理解するためには、デンマークが採り入れたキリスト教(ルーテルの福音)の教えを知る必要があります。何故ならば、デンマークが採り入れた殆どの制度の裏にはキリスト教の教えが影響していると思うためです。例えば教育費は大学まで国庫負担、税負担で賄う医療費、国民年金は国庫負担、職種別労働組合導入、酪農は生産から加工販売まで生産者の協同組合、食肉業界も生産から加工・販売まで生産者による協同組合、風力発電所の多くは個人または協同組合、リサイクルショップの殆どはボランタリーの人材によって運営され集めたお金は全て困っている人達への支援として使うなど、皆で稼ぎ、皆で分け、助けるというデンマーク人の国民精神は、何百年という歳月をかけ聖書から得た生き方の結果と思っています。参考までにヨーロッパ諸国の宗教でプロテスタントの国を見ると下記図1の通りです。

 

図1 ヨーロッパ諸国におけるプロテスタントの国々

kilde:fra internet

 

 

赤で表示した国はプロテスタントの国で、この中でスカンジナビア5か国は(デンマーク、スウエーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランド)はルーテル教を国教としています。

上記以外の国ではイギリス、オランダ、ドイツ、バルト諸国などもプロテスタントです。

 

 

北欧諸国が福祉国家と呼ばれていますが、その背景には、ルーテル教を国の宗教とし、国民の思考教育に役立てている。つまりルーテル教の教えを受けた国民が、福祉国家創設の基盤を作っていると思えます。

デンマーク、ウアンホイにて

 

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