デンマークの労働市場について(20220718)

1.労働人口不足

デンマークの人口数は約585万人でその内就労者数は約293万人で、2021年1月から2022年2月までの13ヵ月間において166,000人増え、その結果2022年2月の失業率は2008年4月の2.4%に次ぐ低水準の2.5%に減ったと報道されていました(Jyllands-Posten 22.april 2022)。

デンマークの労働市場において特に不足すると思われる就労者は小中学校の先生、看護婦、ソーシャルワーカー、そしてデンマーク語でPædagog (英訳 Educationalist=教育者)と呼ばれ、主に幼稚園や低学年で教える先生だと言われています。これに関し新聞報道*によりますとこの4つの職種の就労者不足は2030年には約35,000人に上ると伝えています。* Kristeligt Dagblad torsdag 14. juli 2022

 

デンマークの労働市場は職種をベースにしその数は約1000職とも言われており何らかの資格を基にした就労者として働いています。教育期間はその職種によって決まりますが、例えば義務教育機関で働く先生になるための教育期間は4年間、看護師の資格を得るための教育期間は3年半、ソーシャルワーカー、それに上記で触れた教育者の資格を得るための教育期間も3年半です。それではなぜ、これらの職種に就く就労者数が減っているのか。理由の多くは労働条件が他の職種に比べ良くないこと、社会的評価が低いことなど上げています。その中で労働賃金についてみますと、以下の通りです。

 

表1.デンマークの職種別給料の例(2021年10月現在)単位:クローネ

職種名

基本給

手当(注)

年金

税込み計

義務教育に携わる先生

29,500

9,400

6,800

45,700

看護師

28,600

8,000

4,700

41,300

ソーシャルワーカー

31,300

3,300

5,300

39,900

教育者

27,400

5,300

4,700

37,400

 (Kilde: CEPOS 2.feb.2022)(注):超過勤務は含まない中央および地方手当他夏季手当)

 

表1で見る通り、日本の小中学校に当たる先生方の年金を含めた税込み総給与額は月額45,700クローネとなり、円換算では約90万円という金額になります。しかも、日本の先生方に比べ、放課後の役割(クラブ活動の指導など)はなく、就労37時間が守られています。にも関わらず、この種の職種を選ぶ人たちが減って来ている背景には、一般社会からの評価が他の職種に比べ低いことも理由に挙げています。2022年の新学期から始まる上記4つの職種を選んだ学生数は2021年に比べ19%減ったと報道されています。デンマーク病院は看護師不足を理由に治療が受けられない、あるいは治療が遅れている患者数が増えています。特に命に影響がない、足や腰の手術などに伴うレントゲン撮影の待機期間は半年以上とも言わています。そんなことも含めデンマークの病院は国外の看護師の雇用も勧めていますが、看護師資格の認定や言葉の問題などありで雇用者数は増えないでいるようです。

 

デンマークの就労者の給料が他のEU諸国に比べ高く、そのこともあってか、EU 諸国内で最も物価が高い国はデンマークという記事が出ていました*。同記事によりますと、デンマークの消費者物価はEU諸国の平均価格に対し40%高いと書き、またEU諸国以外の国も含めたヨーロッパ36か国において、2000品目以上の物価を調べたデータを元に、物価が最も高い国としてデンマークについて書いていました。特にデンマークが他の国に比べて高いのはレストランやホテルで、EUの平均に対しデンマークは55%高くなっていると書いていました。なお、EU諸国に加盟していないスイス、アイスランド、ノルウェーがデンマークより物価の高い国になっている、とも同記事に書いていました。*Jyllands-Posten onsdag den 22.juni 2022.

 

2.職場を渡り歩くデンマークの就労者と職場に帰属する日本の就労者

デンマークの就労者は頻繁に職場を変えます。インターネット情報ですが、デンマークで2021年3月から2022年2月の一年間に新たな職場についた人の数は約100万人(999,921人)と書いていました。職場替えの多い職場はサービス業と製造業と言われています。

何故職場替えするかの理由では年齢層によって異なり、例えば:

18歳~34歳では仕事が面白くない、長距離通勤で不便などを理由にあげ、35歳~50歳では高収入または自己の成長を職場替えの理由にあげ、51歳~65歳では仕事への影響力が無くなったためを理由としています。こういうことからデンマークの就労者には職場への帰属心は殆どなく、これが一方でデンマークの企業の活性化あるいは国家の経済発展につながっているのではないかと推察しています。

 

就労者の職場への帰属に関し加筆しますと、デンマークの個人会社で親から子へ職場(事業)を引き渡すことがあっても、法人会社の殆どは会社内で将来の部長や社長を育てることはなく、これらの職は外から応募することにしています。法人会社の社長の殆どは応募、学校の校長職も応募、国家公務員でもまとめて雇用することはなく、必要に応じ夫々の部所で人材を確保することにしています。日本の企業や役所などが毎年新規採用を基に職場内での上司を育てる制度はデンマークにはなく、就労者の教育は国の施設と職場との連携で育成されています。そういうことから、事務職に就くための教育だけでも10種類*の事務職教育があると言われています。

 

*弁護士事務所、旅行会社、病院、会計事務所、運輸会社、銀行等で事務に携わる職に就く場合の事務教育。

しかしこれら事務員としての報酬はデンマーク事務員組合が雇用者連盟の団体との間で決めるため、どの職場においても基本給は同じになっています。それだけにデンマーク人の職場との関係は労働奉仕と受け取る報酬との関係で、職場への帰属心は生まれがたいと思っています。デンマークの職場は各種の職種を持った人たちによって運営されており、例えば病院の運営では、運営管理をする責任者、医師、看護師、事務員、他掃除人など含めると約50種類の職種の業務があると言われており、病院に勤務する人達の給料は就労者が加入する労働組合の代表と州行政の代表(デンマークの病院の殆どは州が管轄している)との間で決めることになっています。そんなことで、病院独自での給与体制は無く、全国一律を基本とした労働条件となっています。

 

デンマークには約25種類の労働組合がありますが、何らかの資格を得て就労する場合いずれかの組合に登録し、失業保険に加入することで、失業した場合の生活費、職場替えのアドバイスなど受けることができるようになっています。そういうことから求人においては、必要とする人材の職種(具体的資格)に合わせ労働組合を通し公募することにしています。因みにデンマークには何ら職種資格を持たない就労者がいます。その就労者も非職種組合を作り、そのことで雇用者との間で労使交渉を進めています。

デンマークの労使交渉は3年に一度あり、今日適用されている労働条件は労使間で2021年に結ばれ、その中で報酬に関しては2022年4月1日から2024年3月までの3年間のベースアップ率は8.1%と決めています。

 

日本の団体にはOB会という組織がありますが、デンマークの元職場の同僚との間で作ったOB会という組織は聞いたことはないのは、デンマークの就労者の多くは退職するまで同じ職場に務めることはなく職場はその都度における生活を支える手段の一つにしか思っていないためだと思っています。最近の例で、まだ労使間における合意は出きていませんが、SAS(スカンジナビア航空)は経営陣とパイロットの間において労使交渉が続いています。夏場の稼ぎ時にもかかわらず数百機とも言われる飛行機がパイロットのストライキで飛べないでいます。そのことでSASの日々の損害額は(売上高減額)は1日当たり7千万クローネとも言わています。もしかしたらSASは膨大な借金を抱え、倒産するのではないかとの憶測も出ていますが、仮に職場が無くなっても、自分達の権利は守る、これも職場への帰属心の無さだと思っています。一方では職場への帰属心が無いことによって、新たな仕事がたくさん生まれていることも事実です。その例が再生可能エネルギー資源の活用です。デンマークがオイルショックの教訓から国内エネルギー資源を活用したエネルギー供給策を採り、また建物などの省エネ普及に努めていますが、職場への帰属心が欠けていたことから来ていると思います。例えば、デンマークがオイルショック以降に力を入れ今日において世界をリードする風力発電機メーカーベスタス社の社歴をみても解る通り、風車事業に入る前は農耕器具やワゴン車の生産を手掛る田舎の会社でした。その会社が僅か30年前後で世界に風力発電機を納める企業に育ったのは、就労者の職場への帰属心が無いことが幸いしていると思っています。

 

筆者は1991年からデンマークの風力発電機の対日輸出を開始し、2002年までその業務に関与してきました。その過程で日本の大手の事業団体と風力発電事業の推進に努めましたが、日本の殆どの企業は風力発電の製造販売事業から撤退し、残る風力発電事業団体も売電収入を得るだけの目的で風力発電事業を営んでいます。決して悪いことではないのですが、風力発電によって日本の電力エネルギー供給策に繋げるためには、国家規模で物事を進める人たちが出てくる必要があると思います。

日本においてエネルギーや食糧の自給策が進まない背景には、就労者全体を通し、大きな改革や変化を望まない「現状維持」の安定・安全な業務に固守しているためだと思えます。名前の知れた大学を入学し、卒業した後は名の知れた大企業あるいは国家の運営に携さわる公務に就くことで安定・安心の生活を送ることを人生の目標にしているように思えます。

例えば、廃棄物の燃料化、省エネ型の住宅建設、地域暖房による省エネ策、森林資源を含めたバイオマスの燃料化など、日本のエネルギー自給と省エネ策を進めることに対し殆ど導入策が聞こえてこないのは、前例がない、面倒臭い、住民・市民あるいは自然保護団体が反対するからを理由としているのではないかと思います。

デンマークでも反対運動はないわけはないのです。例えば、風力発電機メーカーが洋上用の大型風車開発を進めるための試験場が必要になり、政府・議会はその要望を受け入れ、デンマークユトランド半島北西部の強風地帯の砂丘240ヘクタールの松林を伐採し*大型風車7基の試作品のテストをできる場所を確保しました。この開発には全国から反対運動がおこり、工事作業を妨害するデモ団体もでました。政府議会は市民や環境保護団体反対を押し切り2012年10月同テストセンターを完成させ、デンマーク工科大学の管理のもと現在7基の大型風車のテストが行ない、テストを終えた大型風車が世界各地の洋上に設置されています。このことも含めデンマークではエンジニア不足が必要となり、その事を踏まえ政府議会はエンジニア養成に力を入れています。それがまた新たな雇用生むことになるのです。

 

* デンマークの森林政策は伐採した面積に該当する植林を義務化しており、そのこともあって、デンマーク全体の森林面積は毎年増えています。最新のデータではありませんが、2015年の数値で見ますと国土面積43,000km2の内の14.6%が森林面積となり、1990年のそれに比べ約4.5%増えています。

 

国を運営するためには、住民の反対も受け入れながらも、計画を推し進めること、それが国の指導者や行政官の役割で、そのことで国全体の繁栄に繋げる、その為には就労者がチャレンジできる道を作る政策が必要だと思えます。

 

デンマークの就労者の職場替えが結果として、世界の国の中で最も持続可能な国家を築いていることを考えますと、その裏には一つの会社あるいは職場に帰属しない自由に職場を渡り歩ける制度を作ったデンマークの労働市場が貢献しているものと思っています。

 

デンマーク・ウアンホイにて

ケンジ ステファン スズキ